吉田修一さんの小説は800ぺージ、33万字もあるそうで、かなり複雑な所まで書かれているのだと思いますが、映画は3時間ですっきり観やすくまとめられていました。喜久雄(吉沢亮)の「国宝」になるまでが描かれ、特に俊介(横浜流星)との場面が素晴らしく、バディ映画と言ってもいいほどです。

しかしながら、この映画の最も凄いところは、冒頭映像の「喜久雄のお父さんが殺された日の景色」とラストシーンの「喜久雄が『鷺娘』を踊る景色」とが重なる所です。さらには喜久雄の生き様もまた「鷺娘」と重なっています。もっと言うと、喜久雄は「鷺娘」そのものです。

お父さんが殺された日の景色。

任侠の一門に生まれた喜久雄(吉沢亮)が15の頃、組長のお父さん(永瀬正敏)が襲撃に合い、ピストルで撃ち殺されます。お父さんは組の皆には逃げさせ、正面から敵に立ち向かいます。そして「喜久雄、よく見ておけよ」と呟いて命を散らすのですが、喜久雄は居合わせた歌舞伎役者の花井半二郎(渡辺謙)に抱えられながら、その瞬間を見ていました。長崎にしては珍しい雪の日。喜久雄には、その景色が恐ろしくも美しく感じられ、脳裏に焼き付いたのでした。父親が殺された残酷な場面にもかかわらず、なぜ「美しい」などという要素が入り混じったのでしょうか? それは父親の生き様を見たからです。命を張って組を守る、という一念が美しかったのだと思います。

何度か映し出された「黒地に雪」の景色。

鮮烈な冒頭の最後に映し出された「黒地に雪」の映像は、その後の劇中でも何度か流されました。これは喜久雄の心の内側に記録された景色です。一度目は、半二郎に引き取られた喜久雄が俊介と二人で大舞台を踏んだ時。まだまだ修行中の二人には一か八かの賭けでしたが、この時の「二人道成寺」は大成功を収めます。大舞台を演じきった時の喜久雄の心の内側には、黒を背景に白い雪がはらはらと降ってきました。

次に「黒地に雪」が現れたのは、二代目半二郎が事故で舞台に立てなくなった際に、息子の俊介ではなく、部屋子の喜久雄が代役に抜擢された時です。喜久雄が「曽根崎心中」のお初を演じ切った瞬間、またしても黒地に白い雪が降ります。

この景色が表れたのは、いずれも喜久雄が「歌舞伎ができたら他には何もいらない」と思う一念が成し遂げられた時です。

喜久雄のお父さんも命と引き換えに「自分が組を守る」という一念を貫きました。その日の景色は、目の前で親が殺されるという尋常じゃないショックが刀となって、喜久雄の背中に刻まれたみみずく同様、心に刻まれたのです。喜久雄がずっと探していたのは、その日の景色の反復だったのではないか?そう考えます。

ラストシーンの景色。なぜ喜久雄は「鷺娘」そのものなのか?

「鷺娘」が人間に恋したように、喜久雄は歌舞伎に恋したようなもの。「鷺娘」という演目は、「地獄の責め」という箇所が見どころになっているそうです。白鷺は恋に苦しむが故に地獄へ落とされますが、喜久雄は歌舞伎への思いに苦しむが故に地獄に落とされています。三代目花井半二郎を襲名したとたんに先代が亡くなり、ドサ周りを余儀なくされた時の苦しみは、とても言葉で表せるものではないでしょう。酔った客に踏まれ蹴られ、背中のみみずくの入れ墨をむき出しにされて「気持ち悪いんだよ」「この偽物!」などと罵られ…。客は「美しい女かと思ったら男じゃないかよ」という意味で「偽物」と言ったのですが、喜久雄には「偽物の三代目」とでも言われたように痛烈だったと思います。

喜久雄がさびれた旅館の屋上で踊っていたのは、あれは地獄の舞だったのです。痣だらけの顔でウイスキーを瓶ごと飲みながら、赤い肌襦袢の袖を羽に見立てるように回しながら踊っていましたが、その舞は「鷺娘」の舞台で喜久雄が踊った「地獄の責め」に似ています。衣装こそ真っ白な羽模様の着物に替わっていましたが、袖を羽に見立ててくるくると回しながら舞う姿は、かつて本当の地獄を味わいながら赤い肌襦袢で踊る姿を連想させました。

つまり、喜久雄の「鷺娘」は演技というより本物なのです。恋に苦しむ故に地獄に落とされた鷺娘を演じているのではなく、歌舞伎に恋する故に地獄を這いつくばった自分を再生しているのです。

白鷺は恋、喜久雄は歌舞伎、喜久雄のお父さんは組。人はなんとしても一念を通そうとすると地獄を見てしまうのかもしれません。白鷺もまた、地獄の責めに苦しみつつ死んでしまいますが、そのシーンでも雪が降っています。死と雪。恐ろしくも美しい風景。ラストシーンを観ながら私の脳内には喜久雄のお父さんが殺された日の映像が蘇りました。突然の敵の襲撃に武器の用意のないお父さんは、新年会の宴会の丸いテーブルを盾にして、くるくると回りながら敵の刀を打ち返していました。敵の刀を奪って相手を倒したと思いきや、後ろからピストルで撃たれます。

けれど息絶えた白鷺にも、お父さんにも、雪は降り続いています。

「黒地に雪」の景色ですが、もしかしたら黒地は死を意味しているのではないでしょうか…命と引き換えにしてもいい、そう思える時、美しい雪が降る。そして命絶えても雪は降り続けるということです。

喜久雄の心の中に降る雪は何を意味しているのでしょうか。きっと言葉にすると溶けて消えてしまうような何かだろうと思います。それを誰かに伝えようとして喜久雄は舞うのかもしれません。

ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。

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