映画

映画「劇場」 こんな男のどこが良かったか。恋愛搾取について考えさせられる映画。

映画と小説と演劇をいっぺんに味わったような不思議な鑑賞後感。

物語は、売れない劇作家の永田(山崎賢人)のナレーションを挟みながら進んで行く。短いシーンを重ねてどんどん時間経過していくが、文学的な表現を活かしたモノローグを組み合わせることで、又吉直樹の小説の雰囲気が活かされていると思った。

また、演劇的な味わいも楽しめる。終盤に沙希ちゃん(松岡茉優)が自分の部屋のインターフォンを鳴らすが、その音が「ピンポン」ではなく「ブーッ」という劇場でよく聞く「上演開始」のブザーの音だった。そこから先のクライマックスには演劇的な仕掛けが用意されており、これは観て良かったな、と思った。

「東京=永田」。沙希ちゃんは、永田の「いちばん安全な場所」になった。

沙希ちゃんは、まるで球根のようだった。その養分を自分が吸い上げて生きるなら、充分に綺麗な花を咲かれられる素敵な女の子だった。しかし、その養分を吸い上げているのは永田だった。沙希ちゃんが27歳で壊れるまでの7年間、永田は沙紀ちゃんの全てを搾取して生きることになる。

永田は、沙希ちゃんちゃんが服飾の大学に行くためのアパートに転がり込み、沙希ちゃんの両親が送ってくれる食材を食べる情けない生き物となる。家賃はおろか光熱費も払わない。少しでも気に入らない事を言われると悪態をつく。自分の劇団以外の演劇を観に行くな、他の人を褒めるな、俺の気持ちを考えろ。沙紀ちゃんの気持ちは、もちろん考えない。そんな永田のために、沙紀ちゃんは学校に行かなくなり、朝からアパレルのお店で働き、夜は居酒屋でアルバイトをするようになった。

沙希ちゃんは下北沢のアパートで言う。「ここがいちばん安全な場所です。梨があるのがいちばん安全です」と。きっと、「ここ」は沙紀ちゃん。「梨があるのが」=「梨をむいてくれる人がいるのが」という事なんだろう。

沙希ちゃんの気味の悪い優しさは、壊れるまで続いた。

これは、永田にはっきり言ってやりたい。永田が劇作家として成功するより、沙希ちゃんが女優として活躍できる可能性の方が高かったのではないですか?永田が立ち上げた劇団「おろか」は酷評の嵐だったが、沙希ちゃんは人から女優を薦められたり、街を歩けば頻繁に声をかけられる位に可愛いかった。中学から演劇部での経験があり、一度だけ劇団「おろか」で出演した時の評判も上々だった。

しかし、永田が劇団「おろか」で沙紀ちゃんを起用したのは一度だけ。沙希ちゃんの演技の評判が良いのを見て、永田は二度と起用しないのだった。嫉妬深さ、人間の小ささ。こちらが辟易してしまう人間として永田は描かれる。人気劇団「まだ死んでないよ」の劇作家の小峰(井口理)に、面と向かって「何ていう劇団でしたっけ?」と知らないふり(眼中にないふり)をした時には、本当に永田は腐っていると思った。

胸が悪くなるような永田のクソ男エピソードは終盤まで続く。それでも何とか見続けられたのは、1つはやはり永田のナレーションが効いているからだ。冒頭の「いつまで持つだろうか?今度不安が押し寄せてきるのはいつなんだろう?明日の朝までは持つだろうか」というセリフは、劇中で3回は繰り返される。これを聞くたびに、永田もかなり精神的に追い詰められていることを意識せざるを得ない。又吉直樹の「夜を乗り越える」という著作の中で、夜を乗り越えられなかった芥川や太宰の話があったことを思い出し、永田もまた苦しんでいるのかもしれないと、少しだけ思う。

もう1つは、沙希ちゃんが前半と後半でガラリと態度を変える点にある。私は前半の優しすぎる沙希ちゃんより、後半の自分の気持ちを出すようになった沙希ちゃんが好きだ。前半の沙希ちゃんの「おかえり」は、猫なで声のように聞こえたし、いつも永田があやまるべき所で沙希ちゃんがあやまるのは解せない。しかし後半は、いつも永田のつまらない冗談に笑っていた沙希ちゃんが笑わなくなる。酔っぱらっているが「わたしお人形じゃないよ」と言ったりもできる。沙希ちゃんは壊れたのだった。松岡茉優の前半と後半の落差が興味深く、ぐいぐいと物語を進めて行く。

沙希ちゃんは、一体なぜ7年間も永田と一緒にいたのか?

その心を教えてくれたのは、終盤もかなり最後の方だった。原作にもある沙希ちゃんのセリフがそのまま使われていた。

「わたしね、東京来てすぐにこれは全然かなわないな。なにもできないなって思ってたから、永くんと会えて本当に嬉しかった」

「わたしはずっと諦めるきっかけを探していたんだよ。なにも悪いことしてないのに、ずっと変な罪悪感みたいなものがあったから。永くんのおかげで、みじめな気持じゃなくて東京を楽しい気持ちで歩けたんだよ。永くんいなかったらもっと早く帰ってた、絶対。だから、ありがとう」

沙希ちゃんから「罪悪感」という言葉が出て、やっと少しだけ納得することができた。別に夢をかなえなくちゃならないって法律や掟はないけど、夢があって地方から東京に出てきたのに、夢を叶える努力や活動をしないことに「罪悪感」が伴うのはわかるような気がする。夢の強弱やその人の性格等にもよるが、多かれ少なかれあるかもしれない。

沙希ちゃんは永田と出会って、夢が「女優になること」から「永田の一番安全な場所になること」に変わったのだろう。

搾取されまくりの中で、実は沙希ちゃんは「新しい夢」が与えられていたのだった。もう女優の夢を諦めてもいいし、服飾の大学に通わなくてもいい。生活費を稼いで、永田の気分を害さないで、下北沢のアパートを安全な場所にすることが大切だ。だけど、それは、客観的にはとても悲しい。

最後に。

あるかないかわからない自分の才能を見るのはこわい。生みの苦しみや経済的な見通しがつかない苛立ちもわかる。けど、永くんに言いたい。乗り越えられないかもしれない夜があるなら、誰かを頼ってもいい。搾取もありだ。ただ女の子にもあなたと同じように夢や不安や人生がある。永くんのような劇作家はじめ、ミュージシャン、お笑い芸人、クリティブ関連の卵の皆さま。7年はちと長い。どうぞお手柔らかに!

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